まず説明しなければいけないのは、小人が吹いているこの楽器はヨーロッパの言語では色んな呼び名がある、という事です。国により「ファゴット(伊/独/西/蘭など)」、「バスーン(英)」、「バソン(仏)」などと呼ばれますが、これらは全て同じ楽器を指しています(言語により呼び名が違うというのは別に特別な事ではなく、チェンバロやティンパニ、ヴィオラ、大太鼓なんかにも「色んな呼び名」が存在します)。
日本では一般的な呼び名としては「ファゴット」「バスーン」という2種類が使われる事が多いですね。オケではドイツ系のレパートリーや出版社が多いので「ファゴット(独)」、吹奏楽ではアメリカ系のレパートリーや出版社が多いので「バスーン(英)」と書かれる・呼ばれる事が多いようです。
次にヨーロッパの管楽器は先人達の創意工夫でどんどん進化・変化していったため、過去にはいろんなタイプ・運指・キーシステムの楽器が存在しました。しかし新しいものが生まれる一方で、音色や使いやすさといった理由によりどんどん淘汰もされていきました。そんな栄枯盛衰を繰り返してクラリネットはベーム式とエーラー式の2種類、オーボエはコンセルヴァトワール式とツーレーガー式、サムプレート式の3種類が生き残っています。フルートだけは<残念ながら>ベーム式一択です。
小人の吹くこの楽器にもヘッケル式とビュッフェ式という2種類が現存します。それぞれ代表的なメーカー名をとった呼び名なんですが、それらの由来する国名をとってドイツ式・フランス式と呼ばれる事の方が多いですね(それが誤解の一因ともなってるんですが…)。これら2種類のシステムは多少違った性格を持っていますが、作・編曲上や演奏上は同じ楽器として扱われます。
左がヘッケル(ドイツ)式、右がビュッフェ(フランス)式
通常楽譜に記されている「Fg」等の名称は総称であり、どちらかのシステムを指定するものではありません。イタリアやドイツの出版社は「ファゴット」(綴りは微妙に違いますが)と書きますし、フランスの出版社なら「バソン」と書きますが、それらは単に自国の言語で表記しているだけです。なので「バソン」と書かれたパート譜をドイツ式の楽器で吹いても何ら問題はありませんし、「ファゴットフェスティバル」にバソンを持って行ったからといって、つまみ出される事もありません(実践済・笑)
このように実用上ほぼ区別なく使われる2つのシステムですが、ビミョーに音色や奏法は違います。そういった違いや特徴について敢えて語りたいような場合にフランス式の楽器を(フランス語で)「バソン」と呼び、それに対してドイツ式の楽器を(ドイツ語で)「ファゴット」と呼び分ける場合があるんですね。つまり…
①楽器の総称としては 「ファゴット」=「バスーン」=「バソン」
②特定のタイプを指す単語としては 「ファゴット」≠「バソン」
(ここでは普通「バスーン」は使いません)
…ということになります。「のだめ」のお陰でよく「全く別物」なんて言われがちですが、実際にはこの程度の差でしかありません。
更に注意が必要なのは、これら2つのシステムは共に19世紀の前半にクラシカルな楽器を改良してできたもので、世の中に普及したのは19世紀後半からだということなんです。千秋先輩の中途半端なセリフのせいで「バソンはバロック時代から使われている楽器→進化してファゴットが出来た」という風に曲解してしまっている方が少なからずいらっしゃいますが、ヴィヴァルディ・モーツァルト・ベートーベン・ベルリオーズなどの頃のにはまだどちらのシステムも生まれていませんでした。なので巷でよく言われる「フランス式は音量が小さいため、ベルリオーズは2本重ねて使った」という主張は、時系列を知らない人のトンデモ説としか言いようがありません(何故かこれ、信じてる人多いんですけどね~)。
同じ理由で「フランス式でベートーベンを吹くのは違和感がある」というご意見の方は、続けて「もちろんドイツ式で吹くのも違和感がある。ピリオド楽器で演るべきだ!」と言ってあげて下さいね!片手落ちになってしまいますので…(笑)
あと「ベルリオーズはフランス式を想定して書いた」説を『時間』という<タテ軸>に起因する誤解だとすると、『国・地域』という<ヨコ軸>に起因する誤解もあります。
フランス式はその名称ゆえにフランスでしか使われていないと思われがちですが、スペイン・イタリアなどにも普及していましたし、フランスとは犬猿の仲のイギリスでさえ使われていました。フランスの作曲家はフランス式の音色に慣れ親しんでいたのでしょうが、では「フランス以外の作曲家はドイツ式を想定していたのか?」と言うと、これは<個々に>検証が必要だと思われます。
例えば…
・オッフェンバック(ドイツ) →パリで活躍(後に帰化!)
・ウォルトン(イギリス) →フィルハーモニア管の首席はフランス式の奏者
・ヴィラ=ロボス(ブラジル) →1923~30年パリへ留学
・ミニョーネ(ブラジル) →ブラジル交響楽団の首席はフランス式の奏者
…これらの人達はフランス式を想定していた可能性があります。単純に出生国で考えると騙されてしまいそうです。
逆にストラビンスキーの「春の祭典」(1913)冒頭ソロはフランス式をイメージして書いたとよく言われますが、彼がフランスに移住したのは1920年なので、当時の彼の音楽環境はロシアのはずです。なのでパリで初演するために書いたからといってフランス式をイメージしているとまで言えるかどうかは怪しいですね。パリで冒頭のソロをどのように吹くべきか尋ねられた際、「首を絞められた鶏のように」と指示してバソン奏者がブチ切れたという逸話も残っているぐらいなので、小人的には逆に(超高音域が得意な)バソンの特性など全く知らなかったのでは?と思っています。
…と、まぁここまではそんなにややこしい話ではないのですが…
厄介なのは英語の「バスーン」とフランス語の「バソン」の発音が似ているので、ごっちゃになってしまう人が少なからず居る事です。綴りも英語が「bassoon」なのに対してフランス語は「basson(“o”が一個少ない!)」と、まるで「勘違いしてくれ」と言わんばかりです(笑)
そのせいで「ファゴットとバソンは違うものです」と書こうとして「ファゴットとバスーンは違うものです」なんて書いてしまったり、「バソンの演奏」としてYouTubeの「Bassoon」と書かれた動画(ドイツ式によるもの)を紹介したりしてしまう訳ですね。ヤフー知恵袋やTwitterなどでもバスーンとバソンを取り違えた発言を時々見かけます。
Twitterより 全員ファゴットですやん… |
Yahoo!知恵袋「バスーンとファゴットは同じ楽器でしょうか」より バソンの事を言おうとしてバスーンと書いてしまってますね。 ネタ元はおそらくウィキペディア&「のだめ」かと…(笑) |
Twitterより 完全に勘違いしてますね… |
のだめやwikiの断片的な情報だけで現物も見た事無い人に限って「全くの別物」とか「一緒にするな!」などと、したり顔で言いがちなので注意が必要ですね…
もっとも自分から「バソンでござい」とでも言わない限り、ほとんどの人はドイツ式とフランス式の違いなんて判んないですし興味もありません。小人は普段「ファゴット(伊)で~す」と言うようにしています。相手がファゴ吹きでなければ、特にそれ以上何も言われません…(笑)
3 件のコメント:
ありがとうございます(・∀・)
なるほど~
またひとつ勉強になりました!!
あら、記事変えましたか?
昨晩テレビで放映されていた映画のだめで、
「ドイツ式ファゴット」と「フランス式バソン」を説明していましたね。
ただ「バスーン」という単語は出てこなかったのでまた誤解を生みそうですが。
いずれにせよ、知名度はまだまだ低いということでしょうか・・・
(^^;
Tamさん、いらっしゃいませ!
Bloggerって図版をたくさん入れると書式が崩れるクセがありまして…せっかく気合入れて書いたのに、アップしたとたんに改行が消えて意味通じなくなって…今の記事は第3稿です。
のだめのお陰でメジャーになったフランス式バソンですが、逆に『全く違うもの』と強調され過ぎたのが少し残念です。実際に見た事無い人がほとんどなので、ポール君にそう言われるとそうだと思っちゃいますよね?(笑)
更にTamさんもご指摘のようにフランス式「バソン」は一般名称「バスーン」と混同され易いので、『ファゴットとバスーンは似て非なる楽器です』といった誤解の原因になると思います。
まあ実機を持っている者の使命として、せいぜい舞台でお披露目したいと思います。
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