2011年9月22日木曜日

説明(その5)

『なお、バッソンは音量があまり大きくないことから、ベルリオーズのように1パートに2本重ねて4管として使われることが多い。時折フランス系の作曲家のオーケストラ曲の編成で、ファゴット/バッソンのみ本数が多いことがあるのはそのためであるといわれる。』
引用元「ファゴット」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2011年8月14日 (日) 04:52 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org
 もっともらしい事書いてますが、この部分もファゴットや音楽の歴史に関する視点がまるっきり抜け落ちていますね…(=_=;)
 
①「ベルリオーズのように」とは、おそらく『幻想交響曲』や『イタリアのハロルド』なんかの事を指しているんだと思うんですが、これらの曲が書かれた1830年代に使われていたのはクラシカルファゴット(ドイツ式・フランス式になる前のもの)だという重要な事実を見落としています。
当時のファゴットに音量が無かった証明にはなっても、フランス式云々の証明にはなり得ません。
 
②ドビュッシー、フォーレ、サンサーンスなど、バソン普及後のフランス系の作曲家を見ても普通に2管で書いてますけどね。『4管として使われることが多い』と書きながら次の文章で『時折~ことがある』と思いっきりトーンダウンしていますし…ホントに『多い』と言えるんでしょうか?…っていうか、ベルリオーズ的な用例って他に何がありましたっけ???(ホルン的に4声部で書かれた曲はあったと思いますが…)
 
③一応、ご本人の意見も聞いておきましょう(笑)
『The bassoon is ordinarily written for in two parts; but large orchestras being always provided with four bassoons, it can then be without inconvenience written for in four real parts; or , still better, in three - the lowest part being doubled an octave below, to strengthen the bass.』
引用元:Hector Berlioz "A Treatise on Modern instrumentation and Orchestration", p.101

『バスーンは通常2声部で書かれる、しかし常にバスーンが4本揃っている大きなオーケストラなら不自由なく4声部で書くことができるし、3声部で書いて一番下のパートをオクターブ下で重ねて低音を強化するのも良い。』(小人訳)

う~ん、言ってる事と書いてる曲が違い過ぎて困るんですけどぉ~
ただ「音量が小さいから倍管で」と書いてないのは、<自分の書き方は特別だ>という認識があるんでしょう…
 
④「フランス式」という名称にダマされがちですが、20世紀初頭までフランス式の楽器は広くヨーロッパで使われていました。
『フランスとスペインとイタリアではビュッフェ式が標準となっている』
『イギリスはほとんど1世紀の間フランス式を使っていた国である』
引用元:ベインズ「木管楽器とその歴史」p.167、奥田恵二訳、音楽之友社
 
…であればイタリアやスペインやイギリスの作曲家にも同様の作例がないとダメですよね…
 
 
ベルリオーズ 幻想交響曲 第4楽章「断頭台への行進」
バーンスタイン - フランス国立管弦楽団

  
  
『なお、ティンパニーは音量があまり大きくないことから、
ベルリオーズのように2セット重ねて使われることが多い』

 
さあ皆さん、つっこみポイントですよっ!?
 
 

2011年9月18日日曜日

説明(その4)

『ただ、単にキーシステムの違いというよりも奏法における違いが甚だしく、プロの奏者にとっても、実際上は全く別個の楽器と意識されているようである。』
引用元「ファゴット」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2011年8月14日 (日) 04:52 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org
 
 この部分はおそらく「のだめ」の影響ですね…(笑) 奏法における「甚だしい違い」が何なのか全く説明がありませんし、そもそも奏法の違いは楽器の違いじゃありません。
 
 アラール先生の教則本によると…

  ①リードは浅めにくわえ、唇をあまり巻き込まない
  ②アタックの強い音を出す
  ③ヴィヴラートを口(唇)でかける
 
辺りが特徴と言えると思うんですが、それはあくまでも<フランス流>であって、フランス式の楽器のみに適用される【甚だしく特殊な】奏法ではありません。フルートなんかでもフランスとドイツでは吹き方が違いますよね…


アタックの強い音って、こんな形…
( Maurice Allard "Methode de basson" p.5 )

 百歩譲って「プロの<奏者>が別個の楽器と意識してる」として、一方で「プロの<作・編曲者>が全く区別していない」事も書くべきでしょうね。聴く時も然り。CDで「フランス式の楽器を使用しています」なんて注釈は見た事がありません。吹く側にすれば運指が違うのは大変な事なんですが、書く方・聴く方にとっては案外どうでもいい事なのかもしれません…(^^;ゞ
 
 ちなみにwiki 英語版には「別個の楽器云々」といった説明は無く、逆に「両方をマスターして曲目によって使い分ける奏者がいる」事を紹介しています。小人もかくありたいと思いますが、残念ながら楽器2本担いで練習場に行く体力がありません…
 
 

2011年9月17日土曜日

説明(その3)

『音色がホルンに近く表現がより豊かであるとされる。』
引用元:「ファゴット」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2011年8月14日 (日) 04:52 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org
 
 前回の投稿で紹介したアラール先生の演奏を聴いて「ホルンみたいな音するな~」と思う人、いませんよね!? 「サックスに似てる」と言われれば同意しますけど…
 
 
 ダメ押しでもう一例紹介しておきます。同じ曲をヘッケル(ドイツ式)とビュッフェ(フランス式)で吹き比べている動画です。
 
①ヘッケルによる演奏

 
 
②ビュッフェによる演奏

 
 
 このように一度でもフランス式を聴けば『音色がホルンに近い』なんて絶対に書けないんですが、ではどこからホルンの話が出てきたんでしょうか?「もしかしてこれが原因かぁ?」という文章を見つけました。
 
『The conductor John Foulds lamented in 1934 the dominance of the Heckel-style bassoon, considering them too homogeneous in sound with the horn.』
引用元:"Bassoon" from Wikipedia, the free encyclopedia, modified on 29 August 2011 at 00:50
 
 英語版の中にこの一文が出てくるんですが、これを誤読して日本語版に入れてしまったのではないでしょうか?この部分、訳としては…
 
『1934年、指揮者のジョン・フォールズはヘッケル式ファゴットの音色がホルンと似すぎていると考え、その普及を嘆いた。』 (小人訳)
 
…となりますので、ホルンに近いと言ってるのは、実はフランス式ではなくドイツ式の方なんですけどね。最近のドイツ式ファゴットはダークで硬めの音色ですが、昔の東欧系の楽器は柔らかい音色でホルンっぽい感じがしますよね。余談ですが、小人が愛用しているCello & Coo のFg-2 はヒューラー(旧・東ドイツ)のコピーなので、ホルンと良く融ける音色を持っています。
 
 表現がより豊かかどうかは主観的な話で意見が分かれると思いますが、フランス式はドイツ式と比べて高音域が痩せないので「メロディーをヴィヴラートたっぷりに吹くと結構気持ちイイ」ってのはありますね(笑)
 
 

2011年9月16日金曜日

説明(その2)

『機構が単純であるため、音程が取りにくいなどの難点もあるが…』
引用元:「ファゴット」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2011年8月14日 (日) 04:52 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org
 
 『機構が単純』というのは間違っていません。フランス式にはドイツ式のように「3つの穴を1つのカップで塞ぐ」とか「胴体を貫通する連結棒で反対側の穴を塞ぐ」といった凝った造りはありませんからね。『音程が取りにくい』のも運指がドイツ式に比べて複雑なので同意します。
 
 …なら間違ってないやん?と言われそうですが、実はこの表記にはファゴットの歴史に関する視点が全く欠落しているんです。
 
 ファゴットはその祖先の楽器からバロック~クラシカルと少しずつ進化してきましたが、フランス式の楽器はこの<少しずつ進化>の延長線上にある楽器です。一方、ドイツ式の楽器はアルメンレーダーとヘッケルによって従来のファゴットを<革命的にリフォーム>した結果出来上がった楽器です。つまり「音程を取り易く(運指を簡単に)する為に、構造を複雑にした」のがドイツ式なのであって、表現が逆なんですね。
 
モーツァルト:バソン協奏曲K.191(バソン独奏:モーリス・アラール)

 
 アラール先生のような名手の演奏を聴くと、『音程が取りにくい』っていうのはあくまでもドイツ式との相対的な話であって言い訳の材料にはならんなぁ、と思います…(汗)
 
 

2011年9月14日水曜日

説明(その1)

それでは前回指摘したwiki のバッソンに関する記述がいかに間違っているかを説明させていただきます。言いたい事がたくさんありすぎて、多分シリーズになると思います(笑)
 
 
『現在多く用いられているのはドイツ式の楽器であるが、フランス式の楽器もあり、フレンチ・バッソンまたはバッソンと呼ぶ』

 
 
 項目【種類】はこの文章からはじまります。ここでドイツ式/フランス式の違いについて説明しているんですが、次項【呼称】においても両方式についての呼び方を紹介し、前項で紹介した呼び名を『呼称による区別はあくまでも日本語内での事』と自分で否定しています。そしてどうでもいい英語のスラングを紹介する為だけに、更に【呼称に関する諸注意】という別項目を作っています(しかも“諸”注意と書きながら1点だけだし…)。
 
 これだけでもいかに内容が整理されていないかご理解いただけると思うんですが、まず最初の間違いを指摘しましょう。フランス式の楽器の呼び方を「フレンチ(英語)」+「バッソン(仏語)」と書いていますが、これはダメでしょう!?
 
 確かにそう呼ぶ人もいますが、百科事典的には「それは正しくない」と指摘すべきです。「フレンチ(英語)・バスーン(英語)」か「バッソン(仏語)・フランセ(仏語)」としなくてはいけません。もちろん独語で「フランツェージッシュ・ファゴット」、伊語で「ファゴット・フランチェーゼ」と言うのもアリだと思いますよ(笑)

引用元「ファゴット」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2011年8月14日 (日) 04:52 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

2011年9月4日日曜日

そして都市伝説に…

 世間一般ではマイナーなファゴット、その中でも更にマイナーなフランス式の楽器なんぞを吹いてみて分かった事…
 
「誰かが間違った事を言っても、訂正する人が居ないと
いつの間にかそれが<事実>になってしまう」
 
 例えばwikipediaで『ファゴット』の項目を見てみましょう。
『フルート』や『クラリネット』などの項目と比べ、歴史に関する記述が欠けていたり項目が整理できてなかったりで全体的にグダグダな感じがしますが、特に面白いのが【種類】の項。少し長いですが引用してみましょう。

『現在多く用いられているのはドイツ式の楽器であるが、フランス式の楽器もあり、フレンチ・バッソンまたはバッソンと呼ぶ。機構が単純であるため、音程が取りにくいなどの難点もあるが、音色がホルンに近く表現がより豊かであるとされる。ただ、単にキーシステムの違いというよりも奏法における違いが甚だしく、プロの奏者にとっても、実際上は全く別個の楽器と意識されているようである。なお、バッソンは音量があまり大きくないことから、ベルリオーズのように1パートに2本重ねて4管として使われることが多い。時折フランス系の作曲家のオーケストラ曲の編成で、ファゴット/バッソンのみ本数が多いことがあるのはそのためであるといわれる。』
「ファゴット」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2011年8月14日(日) 04:52UTC、URL: http://ja.wikipedia.org/


 実はこの部分の内容、ほぼ間違ってます。それを知ってか知らずか、「~とされる」「~ようである」「~といわれる」と、ここだけ伝聞調で書かれています(百科事典としては有り得ないですね)。自信無いなら書かなきゃイイのに…(笑)

ただ、その後誰も編集(訂正)しないので、この内容のままで引用されているのをよく見かけます。
  ・「機構が単純で音程が取りにくい」
  ・「音色がホルンに近い」
  ・「奏法の違いが甚だしく、プロ奏者は別個の楽器と意識している」
  ・「音量が小さいのでフランスでは時折倍管で使われる(ベルリオーズの例)」
といった事が書かれていれば、ソースはwikiと考えてほぼ間違いないでしょう。
 
特にソースを明示せずに転載されている例を一つだけ挙げておきましょう。


 こうやって色んな人がどんどん転載してゆくうちに、間違った知識が【常識】になるんでしょうね。ここまでくると、もはや都市伝説と呼んでもいいかもしれません…(笑)
 
 長くなりましたので、個々の説明は改めて…