2016年8月18日木曜日

「バソンか、ファゴットか?」ではなく、「バソンとファゴットで!」

 またまた『のだめカンタービレ』からのお話です。【ネタバレ】を含みますので、「さあ、これからのだめ読むぞー!」という方は「戻る」ボタンを押して下さい…(´・ω・`)
 
 のだめ由来のバソンに関する誤解は次の5つがあると思います。
 
  1.キーが少ない
  2.バロック時代からほとんど変わらない
  3.コントロールが難しい
  4.フランスの伝統楽器
  5.アンサンブルが合わせにくい
 
 1~3については以前にも話題にしましたので、今回は4と5について考えてみたいと思います。

 

 マルレオケのオーディションにポール君がバソンで参加したために、「ファゴットか、バソンか?」という議論が起きます。
 
 今回は『ファゴット』の募集なので、持ち替える気が無いなら失格だと主張する首席に対し、コンサートマスターが放った言葉がこれ…
 
本気で言ってます?
   
 小人は日本人なのでフランス人の心情は理解できませんが、ホントにそんな風に思ってるんですかね?!
 
 
フランス人がファゴット吹くのって、そんなに背信行為なんですか?

 何度も書きますが「フランス式」というのは便宜上そう<呼ばれている>だけで、別にフランス国内だけで伝統芸能のように継承されてきた楽器ではありません。フランス式は19世紀中頃~20世紀中頃にはスペイン、イタリア、ベルギー、イギリス等で広く使われていたと言われていますので、「守る」とか「疲れた」とかではなく単にシステムの栄枯盛衰として捉えるのが正しいと思います。その昔は英国最大の<楽器メーカー>であったBoosey & Hawkes社ですらドイツ式・フランス式の両方を製造販売していました。今でも時折eBayに出てくるぐらいですから、かなりの量が英国はじめヨーロッパ各地に流通していたんでしょうね。
 
 更にファゴットとバソンの混成についても、目を伏せ汗をかきながら「できなくはないだろ」「できなくはないでしょうね」と、「めっちゃイヤだけどしょうがない」的な感じです。
 このエピソードが醸し出す<空気>は「ファゴットか、バソンか?」という2択の構図なのですが、両者は決して水と油のように相容れない存在ではありません。特にオーケストラという異種楽器の集合体の中ではバソンとファゴットの違いなんて微々たるものでしかありません。例えて言うなら、東京人と大阪人はお互い「一緒にするな」と思ってますが外国人から見たら「どっちも日本人でしょ?」くらいの感じでしょうか…(笑)
 
 

 実際バソン吹きが一定数居た時代にはファゴットとバソンの混成は普通に行われていました。これはBBC交響楽団のツイッターに上げられた1942年の写真です。2ndの方、フツーにバソン吹いてますね。フィルハーモニア管で長く首席を務めたセシル・ジェームス師も引退までずっとバソンを吹いておられました。
 
 この写真が語るもう一つの重要な事実は「フランスとは歴史的に犬猿の仲であるイギリスですらフランス式は普通に使われていた」という事です。もし本当にヨーロッパ人が<フランスの伝統楽器>と思っているならイギリス人は意地でも使わないだろうし、国を代表するオケで混成なんかもっての外ですよね?
 
ボストン響首席だったレイモン・アラール
The Stokowski Legacy より)

 イギリスだけでなくアメリカでもバソン奏者は活躍していました。モーリス・アラールのおじであるレイモン・アラールは1936年から1953年の間、ボストン交響楽団の首席を務めました。アメリカはファゴットが普及した国なので、バソン吹きを首席に呼んだからといってセクション全体をバソンに入れ替えるはずもなく、おそらく混成であったと考えられます。
 
 このように一流のオーケストラでもファゴットとバソンの混成は普通の事だったんです。「できなくはない」という消極的な感じではなく、世の中ではフツーに「できる」事だったんですね。
 

 ただファゴットとバソンは音色や音程のクセが微妙に違うので、同じ楽器同士で演るよりは気を遣う必要があるのは事実です。この件についてはベインズ師匠が面白い事を言ってます。
 
 これら2種類のバスーンはいずれも完璧なものではなく、お互いに音色も同質ではないのにもかかわらず、共用するとかなりうまくいくのは奇妙なことである。イギリスのオーケストラではしばしば共用されているのを見受けるが、一般に最良の効果が得られるには--もちろん奏者にもよるが--ビュッフェを上声部に使い、ヘッケルに下を吹かせると、よりよいといわれている。
(A・ベインズ著/奥田恵二訳『木管楽器とその歴史』音楽の友社、p.169)
 
 ちょっとビミョーな書き方ではありますが(笑)、要するに「①思った以上に合う、②バソンが上声部の方がしっくりくる」という事だと思います。ベインズ師匠って実はロンドン・フィルで吹いてらした方なんですよね。プロのファゴ吹きであり古今の楽器にも精通した人がこんな風に考えていたというのは、演奏史上重要な証言だと思います。
 ちなみに②は言い方を変えると「ファゴットを上声部に使い、バソンに下を吹かせると良くない場合がある」という事になりますが、これは小人も何度か感じた事です(2016年9月13日投稿『小さなこだわり~大きな荷物』、2019年12月5日投稿『負けるが勝ち?』参照)。ただバソンで2ndを吹いても特に問題ない曲も多く、書かれている音によって違ってくるようです。
 
 小人は下手くそなのですぐ<奥の手>に逃げたりしますが、バソン1本で行こうとするポール君はきっと大変なんだろうなと思います…
 


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